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東京地方裁判所 平成5年(ワ)9300号 判決

原告

南優美

被告

高杉俊男

主文

一  被告は、原告に対し、一九二万七二〇七円及びこれに対する平成三年四月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、六八九万二六〇〇円及びこれに対する平成三年四月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、追突事故により傷害を負つたタクシーの乗客が、追突した乗用車の運転者に対して、民法七〇九条に基づき、治療費、休業損害等を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  交通事故の発生

被告は、平成三年四月一四日午後七時〇五分ころ、自家用普通乗用車(練馬五二ゆ七二二六号、以下「加害車両」という。)を運転して、東京都中野区中央二丁目三一番八号先路上に至つたが、先行する営業用普通乗用車(多摩五五う二三五七号、以下「被害車両」という。)が信号の赤色表示に従つて停止したにもかかわらず、過失によつて、漫然と加害車両を進行させて被害車両に追突し、乗客として被害車両に同乗していた原告に頸椎捻挫、腰背部打撲の傷害を負わせた(傷害が頸椎捻挫、腰背部打撲であることは甲三、乙四により認める。)。

2  責任原因

被告は、原告に対して、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告が蒙つた損害を賠償する責任がある(明らかに争わない)。

3  原告の入通院状況

原告は、事故当日、救急車で中野総合病院に搬送され、翌日も同病院に通院したのち、平成四年四月一九日から同年六月八日まで五一日間北條病院に入院し、同月九日から同年一〇月三〇日まで同病院に一四四日間(実日数五〇日)通院した。

二  本件の争点

被告は、本件事故は極めて軽微な追突事故であつて、原告の治療は過剰・濃厚治療であり、少なくとも通院終了までの期間にわたり休業損害が発生するようなものではなかつたとし、また、休業損害の基礎となる原告の本件事故前の収入についてはこれを確定できる証拠がないとして、休業損害額を争うほか他の損害額も争つている。

第三争点に対する判断

一  被告は、本件事故による物損は、被害車両が七万六二〇〇円であり、加害車両には損傷は発生していないし、被害車両であるタクシーの運転手は、追突のシヨツク自体はそれほど大きなものではなく、体を何処にもぶつけなかつたし痛みも出なかつたとしているのであつて、極めて軽微な追突事故というべく、原告に長期の入院通院治療を必要とする事故ではないとし、基本的には通院治療で足り、仮に入院が必要としても一ないし二週間程度及びその後の一ケ月程度の通院で必要十分である旨主張する。

よつて検討するに、乙一の1、10によれば、被害車両の損傷は後部バンパー凹損で損害額は約五万円であること、被害車両であるタクシーの運転手は、追突のシヨツク自体はそれほど大きなものではなく、体を何処にもぶつけなかつたし痛みも出なかつたとしていることが認められるものの、他方、前掲証拠及び甲一一、乙一の9、原告本人尋問の結果によれば、加害車両には前部バンパー右側擦過・前部中央部エンブレムマーク破損の損傷が生じておりその損害額は約二万円であること、運転手が体をぶつけなかつたのは、シートに背中をもたせかけ左足でブレーキペダルを踏んだ状態にあつたというその姿勢に負うところが大きいこと、これに対して原告は、追突時、被害車両後部座席に浅く腰掛け、耳にピアスを着けようとして背中をシートから浮かせるという不安定な姿勢であつたこと、追突音は大きな音であつたこと、被害車両は進んだ距離こそ確定できないものの追突により前方に押し出されたことも認められるところであつて、右によれば、本件事故による車両の損傷は比較的軽微とはいえるものの、このことをもつて、原告に生じた損害は、被告主張の程度の入通院原告に生じた傷害は入院通院治療で十分とすることはできない。

また、被告提出の医師による意見書(乙四)には、原告の必要とする治療に関して被告の右主張に沿う意見が記載されているが、右の医師は意見書作成にあたり原告を実際に診断したわけではないこと、一般的にいわゆる鞭打ち症を訴える被害者のうちには他覚症状は認められないものの、不定愁訴と類似する症状が長引き、治療の効果が出にくいといつた事例も少なくなく、原告もその一例とみるべき余地があること等に照らすと、にわかに信用できない。他に被告の主張事実を裏付けるに足りる証拠はない。被告の主張は採用できない。

しかしながら、前掲証拠によると、原告は、事故当日と翌日中野総合病院に通院しているが一週間の安静を指示されただけで全治一〇日の見込みと診断されたこと、原告は右の診断に対して不満をもち、それから四日後に北條病院で受診したが、同病院の医師から、いきなり、軽い事故でも首が弱い人シヨツクが大きいことがあり安易なものとはいいきれない、完全に良くなるまでは退院させない旨言われて、即日入院を指示されたこと、原告はいわれるままに即日北條病院に入院したこと、入院後の原告の症状は頸部痛、腰痛、両手のしびれなどの自覚症状を主体とするものであつて、レントゲン検査や神経学的検査では異常所見は認められないというものであつたこと、原告は、入院中途からは、睡眠などには支障はみられず、病室には不在がちで、喫煙もするという状態にありながら、医師の指示されるまま漫然と入院を継続し、医師から気分を転換するため退院してはどうかといわれてようやく退院するに至つたこと、退院後も、すぐに仕事復帰は無理であるとの医師の言を鵜呑みにし、一四四日間の長きにわたつて仕事をせずに通院を続けたこと(通院実日数は五〇日)が認められ、これらの事情に照らすと、原告の症状は遷延化したものというべく、被告の加害行為のみによつて通常発生する程度範囲を超えるものとなつており、症状の遷延化については、原告の症状からみて常識はずれとも思われる医師の診断があつて、原告がこれに過剰に反応し、その状態を抜け切れなかつたことという原告の心因的要因が寄与しているものというべく、このような事情は本件事故による賠償額を定めるにあたつて考慮に値するものというべきである。そして、右事情からすると、損害額の算定にあたつてはその三割を控除するのが相当である。

二  損害額について

1  治療費(請求額一三一万〇七〇〇円) 一三一万〇七〇〇円

当事者間に争いがない。

2  入院雑費(請求額六万一二〇〇円) 六万一二〇〇円

入院期間が五一日間であることから六万一二〇〇円が相当である。

3  通院交通費(請求額五万四〇〇〇円) 五万四〇〇〇円

原告本人尋問の結果及び甲一二の1、2により五万四〇〇〇円と認める

4  休業損害(請求額四六六万七〇〇〇円) 一六九万九一一一円

原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時、銀座のクラブでホステスとして稼働していたことが認められる。

原告は、本件事故当時、毎月の売上は一〇〇万円を下ることなく、ホステスの経費率は三割と考えるべきで、毎月七〇万円の収入があつたと主張し、原告本人尋問の結果並びに休業損害証明書(甲五)及び原告の陳述書(甲一一)には、右主張に沿う部分がある。しかしながら、原告は確定申告による所得税の納付をしていないため、納税面からの収入の把握が不可能であり、また、前記休業損害証明書をもつて原告の収入を裏付けるに足りる証拠とすることはできないから、本件事故当時における原告の収入金額を認定することはできない。ところで、原告は、本件事故当時、勤労の意欲がある満二九歳の稼働可能な女性であつたといえるから、原告の休業損害は、平成三年度の賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・年齢三五歳ないし三九歳の女子労働者の平均年収三一四万八一〇〇円を基礎として算定すべきである。

そして、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故の日から最終通院日までの一九七日間仕事ができなかつたことが認められるから、その間の休業損害は一六九万九一一一円(一円未満切り捨て)となる。

5  慰謝料(請求額一六〇万円) 一二〇万円

本件事故の態様等本件訴訟に現れた一切の事情を斟酌すると、原告の慰謝料は一一〇万円が相当である。

6  素因減額

以上の原告の損害額は合計四三二万五〇一一円となるが、前記のとおり症状の遷延についての原告の心因的要因を考慮して、右損害額から三割を控除すると、三〇二万七五〇七円(一円未満切り捨て)となる。

7  既払分の控除

既払額が一三〇万〇三〇〇円であることは当事者間に争いがないので、この金額を控除すると、賠償額残金は一七二万七二〇七円となる。

8  弁護士費用 二〇万円

原告は、本件訴訟の提起を余儀なくされ原告代理人らに本件訴訟を委任した者であるところ、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用相当額は、二〇万円と認める。

三  結論

よつて、原告の請求は、被告に対し、一九二万七二〇七円及びこれに対する本件事故の日である平成三年四月一四日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、認容することとする。

(裁判官 齋藤大巳)

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